弁護士 西村 学
弁護士法人サリュ代表弁護士
大阪弁護士会所属
関西学院大学法学部卒業
同志社大学法科大学院客員教授
弁護士法人サリュは、全国に事務所を設置している法律事務所です。業界でいち早く無料法律相談を開始し、弁護士を身近な存在として感じていただくために様々なサービスを展開してきました。サリュは、遺産相続トラブルの交渉業務、調停・訴訟業務などの民事・家事分野に注力しています。遺産相続トラブルにお困りでしたら、当事務所の無料相談をご利用ください。
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「この遺言書は、無効か?有効か?」
という問題に直面する方は、意外と多いものです。
遺言書が効力を持つためには、さまざまな要件があります。
この記事では、遺言書が効力を持つために何が必要なのか、基本的な知識に加えて、以下を解説します。
お読みいただくと、
「遺言書を無効にしたい」
「無効にされては困る」
といった、それぞれの立場に必要な解決策がわかります。お悩み解決の糸口として、お役立てください。
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冒頭でも触れましたが、遺言書には満たされなければ無効となる、要件があります。
また、遺言書には種類があり、「遺言書が、どんなときに無効になるか」は、遺言書の種類によって異なります。
ここでは、遺言書が「有効か?無効か?」を判断する前知識として必要な、基本事項から確認していきましょう。
そもそも「遺言書は誰でも作成できるのか?」といえば、そうではありません。
遺言書を作成するには、「遺言能力」が必要なのです。
(遺言能力)
出典:民法
第961条 15歳に達した者は、遺言をすることができる。
第962条 第5条、第9条、第13条及び第17条の規定は、遺言については、適用しない。
第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
簡単にいえば、以下の2つが要件となります。
年齢については、満15歳に達していれば、未成年であっても、単独で遺言ができます。
意思能力については、自分の作成する遺言の内容や、それによって何が起きるのかを理解できることが必要です。
詳しくは後ほど解説しますが、ここでは、認知症が進行している場合などに有効な遺言を作成できないケースがあることを押さえておきましょう。
次に、遺言書の方式についてです。
遺言は「普通方式」と「特別方式」の2種類がありますが、実際に作られる遺言書のほとんどは「普通方式」です。
普通方式の遺言は、以下の3種類に分けられます。
3種類の遺言の違いをまとめると以下のようになります。
自筆証言遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 | |
作成者 | 本人 | 公証人 | 本人 (代筆可) |
作成場所 | どこでも可 | 公証役場 | どこでも可 |
証人・立会人 | 不要 | 2人以上 | 公証人1人、証人2人以上 |
自筆以外 (パソコンなど) | 不可 (財産目録を除く) | 可 | 可 |
日付 | 年月日の記入が必要 | 年月日の記入が必要 | 本文には記載しなくてもよい (封紙に必要) |
署名・押印 | 本人 | 本人、証人、公証人 | 封紙:本人、証人、公証人 遺言書:本人 |
保管 | 本人 | 原本:公証人役場 正本:本人 | 本人 |
遺言書の種類によって満たすべき要件が変わりますので、「無効になる/ならない」の基準も変わります。
詳しくは、この後「遺言書が無効になる例」にて解説します。
「遺言書には何を書いてもよいのか?」
というと、遺言書が法的効力を持つ範囲は限定的です。
遺言書の効力が及ぶのは、次の3つの範囲です。
もし、法的効力を持たない事柄が遺言書に書いてあったとしても、従う必要はありません。
遺言書は、何通あっても、要件を満たしている限りはすべて有効です。
たとえば、1通目に相続について、2通目に身分について、3通目に遺産分割について書かれている場合、どれも有効です。
しかし、複数の遺言書が存在し、内容が矛盾している場合には、作成された日付が古い遺言書は矛盾部分につき撤回されたものとみなされます。
▼ 矛盾する遺言書の例
民法で以下のとおり定められているためです。
第1023条
出典:民法
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
続いて、具体的にどのような場合に遺言書が無効になるのか、遺言書の種類別に解説します。
まず「自筆証書遺言」が無効となる例です。
民法の規定を確認しておくと、以下のとおり定められています。
(自筆証書遺言)
出典:民法
第968条
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
それぞれ、具体的に見ていきましょう。
自筆証書遺言は、原則として全文が自書である必要があります。
よって、他の人が代筆した場合やパソコンで作成されている場合は、無効となります。
もっとも、例外があり、2019年1月13日以降に作成された遺言書に関しては、相続財産目録は自書でなくてよいとされています(署名・押印は必要)。
財産が多数ある場合には自筆の手間がかかりますし書き間違いのリスクも生じますので、緩和措置として、財産目録のみ自書以外が認められるようになったのです。
なお、自書以外の財産目録が認められたのは、2019年1月13日施行の法改正によるものであり、これ以前に作成された遺言書では認められていない点に注意が必要です。
詳しくは「法務省:自筆証書遺言に関するルールが変わります。」をご確認ください。
*文中の遺言書は、法務省の参考資料をもとに作成
自書の日付(年・月・日まで)がない場合、遺言書は無効となります。
日付のスタンプ印なども、手書きの自書ではないので無効です。
自書で氏名が書かれていない場合、遺言書は無効となります。
なお、968条では〈氏名を自書し〉と定められていますが、「名字だけ/名前だけ」の場合でも、かならず無効になるとはいえません。
この点、氏名が併記されていなくても効力を認める判例があります。
▼ 参考
(大判大4・7・3)
本条(968条)にいう氏名の自書とは、遺言者が何人であるかにつき疑いのない程度の表示があれば足り、必ずしも氏名を併記する必要はない。
しかしながら、トラブルを防止するためには、「氏名(名字と名前)」をしっかりと記載しておくのが無難でしょう。
自書の署名があっても、押印がないと無効です。
押印は、実印・認印・拇印のどれでもよいとされています。
遺言書は、単独で作成する必要があり、複数人の連名で作成すると無効となります。
遺言書に加除訂正がされている場合、その方式に不備があると、加除訂正が効力を生じなくなります。
※遺言書自体が無効になるのではなく、「その遺言書にされた変更が無効になる」という意味です。
加除訂正する場合は、前述のとおり、
〈遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。〉
と定められています。
以下は東京法務局のWebページからの引用です。
左の事例では、書き間違った箇所が訂正されているのにも関わらず、訂正した旨の記載や、訂正又は追加した箇所への押印が漏れています。
右のように、訂正した場所が分かるように示した上で(「上記2中」の部分)、訂正又は追加した旨を付記(「3字削除3字追加」の部分)して署名し(「遺言太郎」の部分)、訂正又は追加した箇所に押印する必要があります。修正液や修正テープは使用してはいけません。
「複数の遺言がある場合の優先順位」にて解説したとおり、遺言書が複数あって内容が矛盾している場合には、日付の古い遺言書の矛盾部分が撤回されたことになります。
遺言書の作成時に遺言能力がなかったことが認められると、その遺言書が無効になります。
たとえば、認知症、脳梗塞、精神疾患、その他、判断能力の低下が生じうる状態にある場合が該当します。
しかしながら、たとえば認知症の方が作成した遺言書が、すべて無効になるということではありません。
遺言能力の有無は、さまざまな観点から総合的に判断されます。
自筆証書遺言とは異なり、公正証書遺言が方式上の不備によって無効となることは稀です。
というのも公正証書遺言は、公証役場にて、公証人と、証人2人以上の立ち会いのもとで作成されるからです。
公証人とは、交渉作用を担う実質的公務員であり、公正証書の作成等を行います。
▼ 参考:公証人とは?
公証人とは、法律の専門家であって、当事者その他の関係人の嘱託により「公証」をする国家機関です。公証人は、裁判官、検察官、弁護士あるいは法務局長や司法書士など長年法律関係の仕事をしていた人の中から法務大臣が任命します。
公証人が執務する場所が「公証役場」です。
参考:公証人って何? | 東京公証人会
公証人法に基づいて任命された法律の専門家である公証人によって作成される遺言書が、「公正証書遺言」です。
民法には、公正証書遺言つき、以下のとおり定められています。
(公正証書遺言)
出典:民法
第969条
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人2人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
公正証書遺言は民法で定められた上記要件を満たしていなければ無効になります。
たとえば、
「証人2人の立ち会いがなかった」
「遺言者が公証人に口授しなかった」
といった事実があれば、無効となります。
しかし、公証人が関与している以上、現実的にそれら違反発生する可能性は低いです。
その他、公正証書遺言が無効となる場合として、以下があります。
先ほど、自筆証書遺言の項で紹介した「遺言能力がないと認められた」ケースは、公正証書遺言でも当てはまります。
遺言能力がない状態で作成された公正証書遺言は無効になります。
ただし、公正証書遺言は、法律の専門家である公証人が直接本人と話をし、言動を確認したうえで作成します。
公証人は遺言能力がないと判断した場合には作成しません。
したがって、自筆証書遺言に比較すると遺言能力がないと認められることは稀である、といえます。
「新しい遺言書があり内容が矛盾している」場合も、前述の自筆証書遺言と同様に、古い公正証書遺言は無効となります。
自筆証書遺言と公正証書遺言で、優劣があるわけではないので、公正証書遺言を作成した後の日付で、自筆証書遺言が存在する場合は、新しい自筆証書遺言が有効となります。
たとえば、証人・公証人とともに作成した公正証書遺言があっても、亡くなる直前に内容を覆す自筆証書遺言を書き、それが要件を満たしていれば、亡くなる直前に書いた遺言が有効となります。
最後に「秘密証書遺言」が無効となる例です。まず民法の規定から確認しましょう。
(秘密証書遺言)
出典:民法
第970条 秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
2 第968条第3項の規定は、秘密証書による遺言について準用する。
「秘密証書遺言」は、自筆証書遺言と公正証書遺言の間を取ったような遺言書ですが、遺言書本文の書き方に関する決まりは、自筆証書遺言よりも緩和されています。
よって、秘密証書遺言が無効になる例は、自筆証書遺言の項でご紹介した内容から、本文の自書と日付の2つを除いた、以下のとおりとなります。
それぞれの詳細は「自筆証書遺言」が無効になる例と重複しますので、ここでは割愛します。
上記以外に、「秘密証書遺言」が無効となる例として以下があります。
秘密証書遺言では、他の人に内容を知られないように、作成した遺言書を封筒に入れて封じ、封印として、印鑑を押印します。
このときに使う印鑑は、封の中に入れた遺言書に押印した印鑑と同じである必要があります。
続いて、
「納得できない遺言書を無効にしたい」
というときの対応策を2つ、ご紹介します。
1つめの対応策は「他の相続人と協議する」ことです。
相続人全員が合意すれば、遺言書で指定されている内容とは異なる方法で遺産相続を行うことが可能です。
考え方の原則としては、遺言書は、亡くなった人の意思を表わすものとして最大限尊重する必要があります。
しかし、一方で、相続人が取得した遺産をどのように扱うかは、相続人の自由です。
そこで、相続人全員の意見が一致していれば、遺言書とは違う内容で遺産分割をすることも可能なのです。
2つめの対応策は「遺言無効確認訴訟を起こす」ことです。
たとえば、
「遺言を作成した当時、遺言者は認知症がすでに進行していた。」
「遺言者の意思が反映されているとは思えない。偽造されたものではないか?」
「遺言者の真意と遺言内容に錯誤があったと考えられる。」
といった場合には、訴訟を起こして、遺言の有効性を争うことになります。
具体的な判例などは「公正証書遺言に納得いかない時の対処法3つを分かりやすく解説」にて紹介していますので、あわせてご確認ください。
一方、「自分が作成した遺言書が、自分が亡くなった後で無効にされるのを避けたい」という場合に必要な対応策を4つ、ご紹介します。
1つめの対応策は「公正証書遺言を作成する」ことです。
3つの遺言書の種類をおさらいしておくと、以下のとおりとなります。
自筆証言遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 | |
作成者 | 本人 | 公証人 | 本人(代筆可) |
作成場所 | どこでも可 | 公証役場 | どこでも可 |
保管 | 本人 | 原本:公証人役場 正本:本人 | 本人 |
遺言書の不備によって無効となるリスクを避けるためには、作成者が自分ではなく公証人である「公正証書遺言」が最適です。
2つめの対応策は「公正証書遺言の証人を弁護士に依頼し、遺言執行者にも指定する」ことです。
公正証書遺言の作成には、公証人+証人2人の立ち会いが必要で、証人は欠格者(※)以外の人物から任意で依頼します。
※公正証書遺言の証人の欠格者(証人になれない人)
(証人及び立会人の欠格事由)
出典:民法
第974条 次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
実際には、相続に利害関係のない第三者の成人に、証人を依頼することが通常です。
この証人を、知人や友人ではなく、法律の専門家である弁護士に依頼することで、遺言書の不備などへの対策が強固となります。
加えて、その弁護士を遺言執行者として指定しておくと、亡くなった後の遺言執行についても任せることができます。
民法1012条では、
〈遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する〉
と定められており、遺言内容の実現をサポートしてもらえます。
3つめの対応策は「遺言能力が明らかなうちに作成する」ことです。
一般的には、認知症が遺言能力の争点となることが多いのですが、認知症以外にも、遺言能力が疑われる疾患はさまざまあります。
第三者から見て遺言能力が明らかなうちに公正証書遺言を作成しておくことが大切です。
「遺言書なんてまだ早い」と思わずに、元気なうちに作成しておきましょう。
「早く作っても、状況が変わるかもしれない」
という方もいますが、遺言内容の変更は、比較的容易にできます。
本文中でも解説しましたが、新しい日付の遺言書があれば、そちらが優先されるためです。
状況が変われば、また新しい遺言書を作ればよいと考え、早めの作成をおすすめします。
4つめの対応策は「遺言能力が争われたときの証拠を残しておく」ことです。
後になってから、
「遺言書の作成時には、すでに遺言能力を失っていた」
と主張されるのを避けるためには、遺言能力を有している証拠を残しておくことが有効です。
たとえば認知症であれば、医療機関で受けることのできる「長谷川式認知症スケール(HDS-R)」という検査手法が知られています。
HDS-Rは30点満点で、20点以下の場合に認知症の疑いがあるとされます。医師と相談のうえ、テストを受けておくとよいでしょう。
本記事では「遺言書の無効性」をテーマに解説しました。要点を簡単にまとめます。
「自筆証書遺言」が無効になる例として、以下が挙げられます。
「公正証書遺言」が無効になる例として、以下が挙げられます。
「秘密証書遺言」が無効になる例として、以下が挙げられます。
納得できない遺言書を「無効にしたい」ときの対応策として2つ、ご紹介しました。
自分が書いた遺言書を「無効にされたくない」ときの対応策として4つ、ご紹介しました。
実際には、個別の事情が複雑に絡み合っていることも多く、遺言が無効か有効か、一概に判断できないケースも多くあります。
専門家(弁護士)に相談のうえ、最適な方法を選択していきましょう。