認知症の遺言書は有効か?無効になる基準と生前の対策と死後の対応

この記事の監修者
弁護士西村学

弁護士 西村 学

弁護士法人サリュ代表弁護士
大阪弁護士会所属
関西学院大学法学部卒業
同志社大学法科大学院客員教授

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「認知症の家族が書いた遺言書は、有効ですか?」
という疑問に結論からお伝えすると、認知症だからという理由で、遺言書が直ちに無効とはなりません。

重要な基準となるのは「遺言能力」の有無です。簡単にいえば、事物に対する判断力がある方なら、認知症であっても、有効な遺言書を作成できます。

本記事では、相続トラブルの火種になりやすい「認知症と遺言書」について、取り上げます。

・家族が認知症と診断されたが、遺言書はどうすればよいか

・自分が認知症を患う可能性があるか、どうすればよいか

・悪意のある相続人や第三者に、利用されるのではないかと不安

・認知症の家族が亡くなった後、遺言書が出てきて戸惑っている

上記のようなケースに遭遇している方は、本記事の情報が参考になるかと思います。

認知症と遺言書に関する法律知識を整理したうえで、生前の対策と死後の対応をそれぞれ、具体的に解説していきます。さっそく、見ていきましょう。

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目次

認知症であっても遺言書が直ちに無効とはならない

まず、冒頭で触れた「認知症であっても遺言書が直ちに無効とはならない」という点について、もう少し詳しく見ていきましょう。

認知症でも遺言能力があれば有効

法律上は、遺言書作成時点で認知症だったかどうかは、直接的な争点とはなりません。

直接的な争点となるのは、民法で定められた「遺言能力」の有無となります。

(遺言能力)

第961条 15歳に達した者は、遺言をすることができる。

第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

出典:民法

遺言能力とは何か

遺言能力は、簡単にいえば次の2つが要件です。

・年齢が15歳以上であること

・事物に対する判断力(意思能力)があること

認知症であってもなくても、あるいは他の病気であっても、意思能力がなければ遺言ができないことを、民法は定めています。

この意思能力の定義は、画一的・形式的に定められているものではありません。個々の法律行為について、具体的に判断されます。

参考までに、法律用語辞典では、以下のとおり解説されています。

意思能力

法律関係を発生させる意思を形成し、それを行為の形で外部に発表して結果を判断、予測できる知的能力。その有無は画一的、形式的にではなく、個々の法律行為について具体的に判断される。一般には、幼児、重度の知的障害者、泥酔者などは意思能力がないとされている。意思能力のない者のした法律行為は無効であり、不法行為責任も生じない。

出典:『法律用語辞典 第5版』有斐閣, 2020年

認知症とは何か

一方、認知症とは、
〈脳の病気や障害など様々な原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態〉
をいいます(出典:こころの情報サイト「認知症」

より詳しくは、以下のとおりです。

「認知症」とはどんな状態ですか?

脳の機能は、記憶、見当識、言語、認識、計算、思考、意欲、判断力など多様です。認知症ではこれらの脳の機能(認知機能)が持続的に障害され、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を指します。日常生活場面では、仕事上のミスが増える、以前のように食事を作れなくなる、金銭管理ができなくなる、などの変化が現れます。

(中略)

認知症の原因は、アルツハイマー病が最も多く、脳血管障害による認知症、レビー小体型認知症、診断が難しい高齢者タウオパチーなど多数あります。認知症に似た症状を呈するのが、せん妄という状態やうつ病等の精神疾患であり、区別する必要があります。

ですから、認知症の状態は、認知症を引き起こした原疾患によって様々です。記憶力障害はほとんどないのに、社会的生活が重度の障害されるようなこともありうるのです。

出典:NCNP病院「認知症・もの忘れ」

最後の1文が、とくに注目したいポイントです。〈認知症の状態は、認知症を引き起こした原疾患によって様々〉と解説されています。

参考までに、以下のグラフは、アルツハイマー型認知症の経過を追った症状の変化を示したものです。

出典:国立長寿医療研究センター「認知症の臨床評価について」

認知症と一口にいっても、さまざまな状況があることが、イメージできるかと思います。

遺言内容の合理性も考慮される

認知症の方が遺言書を作成しており、その有効性が争われる場合には、遺言内容の合理性も考慮されます。

原則として、遺言者の意思に基づかない遺言は無効だからです。

たとえば、「長年、自分を介護してくれた娘に、残す遺産の割合を多くしたい」との趣旨の遺言書があったとします。

この遺言には、「遺言者の意思に基づいている」と推察できる合理性があります。総合的な判断から、遺言書は有効と判断されやすいといえます。

一方、「何十年も絶縁状態となっている息子に、全財産を相続させたい」といった遺言書があった場合、合理性に欠けます。遺言者の意思に反しているのではないかと、疑われる可能性が高いでしょう。

このように、認知症の方が作成された遺言書は、一概に「○○だったら無効、××だったら無効」と断定ができません。

遺言作成時の遺言能力の有無や合理性など、個々のケースごとに総合的に判断されるという前提を、押さえておきましょう。

実際の裁判例

参考として、認知症を持つ遺言者の遺言の有効性が争われた京都地裁判決(平成13年10月10日)の判決文には、以下の記述があります。

本件においては、痴呆性高齢者の遺言能力の有無をいかに考えるべきかが最大の問題とされているところ、痴呆性高齢者であっても、その自己決定はできる限り尊重されるべきであるという近時の社会的要請、及び、人の最終意思は尊重されるべきであるという遺言制度の趣旨にかんがみ、痴呆性高齢者の遺言能力の有無を検討するに当たっては、遺言者の痴呆の内容程度がいかなるものであったかという点のほか、遺言者が当該遺言をするに至った経緯、当該遺言作成時の状況を十分に考慮した上、当該遺言の内容が複雑なものであるか、それとも、単純なものであるかとの相関関係において慎重に判断されなければならない。

出典:京都地裁判決(平成13年10月10日)

上記の判決では、無効確認を請求した原告に対して、「原告の請求をいずれも棄却する」(=遺言は有効)との判決が出ています。

認知症であっても、病状や遺言をするに至った経緯・状況、遺言内容などを総合的に判断した結果、遺言は有効とされた判例です。

※注:厚生労働省により「痴呆」の呼び方は2004年(平成16年)より廃止され、現在は認知症の用語が使用されています。上記はそれ以前の判決文のため、原文ママ引用しています(参考:厚生労働省「痴呆に替わる用語に関する検討会報告書」)。

認知症の遺言書対策:生前にしておくべき5つのこと

認知症の遺言書対策としては、生前にしておくべきことと、亡くなって相続が開始された後の対応に分かれます。

まずは、生前にしておくべき5つのことを、解説します。

1. 遺言能力があるうちに遺言書を作成する

2. 公正証書遺言を作成する

3. 遺言執行者を指定する

4. 遺言能力が争われたときの証拠を残しておく

5. 認知症になったら診断書を取る

これらは、これから認知症が進行する可能性のあるご家族がいる方や、ご自身の認知症と財産の相続について、心配されている方向けの対策です。

以下で、ひとつずつ見ていきましょう。

遺言能力があるうちに遺言書を作成する

1つめは「遺言能力があるうちに遺言書を作成する」です。

遺言能力があるのか・ないのか、微妙なラインにある時期の遺言書作成は、のちに紛争になるリスクが高くなります。

誰の目から見ても、明らかに遺言能力があるうちに遺言書を作成することが、まずできる最善の対策です。

公正証書遺言を作成する

2つめは「公正証書遺言を作成する」です。

一般的に作成される遺言として、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」があります。

自筆証書遺言は自分で書く方式の遺言、公正証書遺言は公証人が文書にまとめる方式の遺言です。

以下は、違いをまとめた表です。

出典:人事院「遺産相続と遺言」をもとに作成

遺言能力を巡る紛争が、のちに起きないようにするためには、自筆証書遺言ではなく、「公正証書遺言」で作成することが推奨されます。

出典:法務省「自筆証書遺言書と公正証書遺言書の比較」を参考に作成

「自筆証書遺言」は証人が不在で、法律で定められた要件に従って、自分で作成する必要があります。形式不備があれば無効になるため、遺言書の有効・無効が争われやすい方式です。

一方、「公正証書遺言」は、証人2人以上とともに公証人役場に出かけ、公証人に遺言内容を話すことで作成します。

文書作成は公証人が行うため、公正証書遺言が形式不備で遺言が無効になる可能性は、基本的にありません。

詳しい作成の手順は、「効力のある「公正証書遺言」の書き方(チェックリスト付き)」にて解説しています。あわせてご覧ください。

遺言執行者を指定する

3つめは「遺言執行者を指定する」です。

「遺言執行者」とは、遺言の内容を実現するために、一定の職務および権限を与えられる者のことです。遺言者自身が指定するか、または家庭裁判所により選任されます。

具体的には、遺言執行者は、相続財産の管理やその他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法第1012条1項)。

公正証書遺言を作成したうえで、さらにその遺言内容を実現するための遺言執行者を指定しておくと、より遺言者の意思を実現しやすくなります。

遺言執行者の指定の仕方として推奨されるのは、以下のやり方です。

(1)「公正証書遺言」の証人の1人を、法律の専門家である弁護士に依頼する。

(2)その弁護士を、「遺言執行者」としても指定する。

無効とならないように配慮した遺言内容を、事前に相談したうえで、その実行まで法律の専門家に任せられるという点で、安心度の高い手法です。

遺言執行者は、遺言書の中に記述することで、指定できます。

【遺言執行者指定の文言例】

本遺言の遺言執行者として、弁護士○○○○(**県**市**区**町**番**号)を指定する。

当事務所でも、無料相談を受け付けておりますので、よろしければ「サリュの無料相談はここが違う」のページをご覧のうえ、お問い合わせください。

遺言能力が争われたときの証拠を残しておく

4つめは「遺言能力が争われたときの証拠を残しておく」です。

「遺言書作成時に、遺言能力があった」と明確に示すために、証拠を残しておきましょう。以下のような対策が考えられます。

【遺言能力を有する証拠の例】

医師の診断書の取得:遺言作成の時期に、詳細な診断書を取得する。

認知機能テスト:医師による認知機能テストを実施し、その記録を保管する。

法律専門家の関与:弁護士などの専門家に遺言作成プロセスに参加してもらい、遺言能力を証明する法的意見を記録する。

公証人の立会い:公証人が立ち会うことで、遺言作成時の意思能力の証拠として機能させる。

動画記録:遺言作成の過程や日常の様子を動画撮影し、遺言者の意思表示が明確であることを示す。

家族や友人の証言:遺言作成時期の状況について、家族や友人の証言を記録する。

日記や手紙の保持:遺言作成前後の期間に書かれた日記や手紙を保管しておく。

補足として、上記のうち、「法律専門家の関与」や「公証人の立ち会い」は、前述の「公正証書遺言の作成」「遺言執行者として弁護士を指名」によって、カバーできます。

基本的にはこの2つを実行すると、客観的に遺言能力を証明できる可能性が高いといえますが、医師の意見書なども重要なので、可能な限り証拠を増やせるとよいでしょう。

認知症になったら診断書を取る

5つめは「認知症になったら診断書を取る」です。

一度、公正証書遺言を作成しても、その後に新しい遺言が作られると、新しい遺言の内容にアップデートされてしまいます。

内容が矛盾しない遺言書同士は、複数ある場合、すべて有効となります(要件を満たして作成されている場合)。

一方、内容が矛盾する遺言書の場合は、最も日付の新しい遺言書の内容が採用されます。

公正証書遺言を作成した後で認知症を患い、遺言能力がない状態で、新しい遺言が作成される可能性を想定しておきましょう。その時点では遺言能力がなくなっていることを、証明できるようにしておきます。

医師の診断書は、相続開始後に遺言の無効を主張する際の、重要な証拠となります。

認知症の遺言書対応:亡くなった後にすべきこと

続いて、認知症を患ったご家族が亡くなった後の対応について、見ていきましょう。

2つのポイントがあります。

1. 不審な遺言書がある場合は他の相続人と協議する

2. 遺言無効確認訴訟を起こす

不審な遺言書がある場合は他の相続人と協議する

1つめは「不審な遺言書がある場合は他の相続人と協議する」です。

知っておきたい前提として、被相続人が亡くなった後、遺言書が残されていても、その遺言書に従わなくてよいケースはあります。おもに、次の2つです。

・遺言書が無効である場合

・相続人全員の合意がある場合
(相続人以外への遺贈がない場合を前提)

原則としては、遺言は故人の意思として、最大限尊重されます。

他方で、相続人が遺産を取得した後で、その遺産をどのように扱うかは、相続人の自由となります。

よって、相続人全員の合意のもとに、遺言書と異なる内容で相続を行うケースは見られます。

たとえば、認知症を患っていた母親が亡くなった後、以下の遺言書が見つかったとしましょう。

私の財産のすべてを、長男の太郎に相続させる。

※相続人は長男・次男・三男の3名と仮定

上記の遺言書があっても、長男の太郎氏、および次男・三男の協議によって、
「母の財産は、兄弟3人で平等に3分割しよう」
と決まれば、そのようにできます。

これは、遺言者が遺言作成時に認知症だったか否かは、争点とはなりません。どちらにせよ、相続人全員の意見が一致すれば可能です。

ただし、前述の「遺言執行者」が指定されている場合には、注意が必要です。相続人は、遺言執行者の遺言執行を妨げる行為をできない、とされているためです(民法1013条)。

遺言執行者が指定されている場合は、遺言執行者とも合意したうえで、遺産分割を進める必要があります。

遺言無効確認訴訟を起こす

2つめは「遺言無効確認訴訟を起こす」です。

認知症によって遺言能力がない状態で書いた(あるいは何者かによって書かされた)遺言書と疑われる場合で、相続人同士の話し合いも調わない場合には、訴訟によって解決を目指します。

先ほどの例でいえば、認知症だった母の「私の財産のすべてを、長男の太郎に相続させる」と遺言があり、長男の太郎氏がその遺言の有効性を主張している場合です。

次男・三男が、その遺言の無効を主張したい場合は、まずは直接交渉したり、調停を利用したりして、話し合いでの解決を目指します。

話し合いでの解決が難しい場合は、遺言無効確認訴訟を提起して、法廷で決着させることになります。

※補足:遺言無効確認は、調停前置主義が取られているため、訴訟を起こすには先に調停を申し立てる必要があります。

実際に、認知症の遺言者が作成した遺言の有効性を争った裁判例として、以下があります。

松山地判 平成17年9月27日  ⇒ 遺言は無効と確認

京都地判 平成13年10月10日 ⇒ 無効確認の請求を棄却(遺言は有効)

名古屋高判 平成14年12月11日  ⇒ 一審判決を取り消して遺言は無効と確認

認知症と遺言書にまつわる訴訟は、理解力や意思の障害の状態を、どれだけ証拠で示せるかという難しさがあります。

相続問題に強い弁護士に相談されることを、強く推奨します。当事務所にご相談されたい方は、こちらのお問い合わせページよりお問い合わせください。

まとめ

本記事では「認知症と遺言書」をテーマに解説しました。要点をまとめておきましょう。

・認知症であっても遺言書が直ちに無効とはならない

・認知症でも遺言能力があれば遺言書は有効となる

・判断の際には遺言内容の合理性も考慮される

認知症の遺言書対策として、生前にしておくべきことは、以下のとおりです。

1. 遺言能力があるうちに遺言書を作成する

2. 公正証書遺言を作成する

3. 遺言執行者を指定する

4. 遺言能力が争われたときの証拠を残しておく

5. 認知症になったら診断書を取る

亡くなった後では、以下の対応となります。

1. 不審な遺言書がある場合は他の相続人と協議する

2. 遺言無効確認訴訟を起こす

認知症と遺言書に関しては、個々のケース別にさまざまな判例が存在し、一様には扱えない現実があります。

悩みや不安を抱えていらっしゃる方は、弁護士などの専門家とともに、ご自身の状況に合わせた対処を進めていきましょう。

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