「法学部を卒業し、
司法試験に
取り組み続けたが
うまくいかなかった」
小学生のときに憲法の授業があったんです。それまで学校の校則は知っていましたが、国のルールというものがあることを初めて知りました。
そんな、法律という国が作ったルールを取り扱う仕事に就いてみたい、そう思ったのが法律関係の仕事を志したきっかけです。かなり早かったと思います。大学は同志社大学、学部は法学部しか考えていませんでした。
ただ、なかなか上手くいきませんでした。23歳で法学部を卒業してから5年ほど旧司法試験の勉強をしていたのですが、合格できなかった。28歳のときにロースクールの制度ができたので、一期生で入学。卒業後に新司法試験を2回受験しましたが、不合格でした。14歳から始めた新聞配達のアルバイトは17年目に入っていました。
-
他の法律事務所でのアルバイト時代は、横暴に振る舞う弁護士に辟易
精神的に疲労困憊状態で、司法試験の受験を継続する気力は尽きていました。それでも、やはり法律関係の仕事に就きたかったので、大阪のある法律事務所にアルバイトとして入所しました。しかし、これが失敗でした。
そこの所長弁護士には、雑用ばかりやらされ、ミスをしては怒鳴られていました。1ヵ月ほどしか在籍しませんでしたが、毎日その繰り返しでした。その事務所では所長弁護士がヒエラルキーのトップにいて、事務員はその下でストレスのはけ口にされているとしか思えなかった。
極端なケースだとは思います。ただ、事務所の外では正義を振りかざしながら、所内では横暴に振る舞う弁護士の姿に辟易したのを覚えています。
-
半信半疑でサリュの面接を受けたら、「力を貸してくれないか」と
そんなある日、サリュから面接の連絡が入ったんです。大阪の弁護士会に履歴書を置いていたからなのですが、私自身もすっかり忘れていました。法律事務所の内情を知ってしまった後だったので、半信半疑で面接を受けました。
ところが、前代表の谷から「力を貸してくれないか」と思いがけない言葉をかけてもらい、サリュに入社することを決めました。平成19年のことです。
大阪事務所で勤務し、債務や一般民事、少ししてからは交通事故をメインに任されるようになりました。大阪で4年、萩で3年、現在は銀座事務所で働いています。 -
弁護士は忙しくても、サリュでは
リーガルスタッフに存分に話してもらえる我々のようなスタッフの存在が、サリュの強みだと思います。お客様がご自身の想いや要望を伝えたいと思っても、弁護士が多忙で聞いてもらえない場合があります。
にもかかわらず、事務員に電話の取り次ぎやコピーぐらいしか任せない法律事務所も多い。そんな中、サリュでは我々スタッフが弁護士とお客様の間に入りますので、思いの丈を存分におっしゃっていただくことができます。
法律的な解決だけでいえば、サリュにご依頼いただいた時と、他の法律事務所にご依頼された時とで、結果が変わらないこともあります。しかし、私はお客様にとって事件解決に至る「プロセス」も非常に大切だと思っています。事件の状況を定期的にご報告したり、何気ないタイミングでご様子を伺ったり。
たとえ同じ「100万円を受け取れる」という結果だったとしても、そこに至るプロセスをきちんと重ねることによって、ご本人がより納得できる、より受け入れやすい解決になるのではと思っています。
そんな強みを持ったサリュのなかで、私自身はスタッフの心の拠り所となるメンターのような存在になりたいと思っています。