コラム一覧

法律コラム

介護老人施設
2022.05.10

介護事業におけるカスタマーハラスメント

はじめに

本稿では、カスタマーハラスメントについて述べていきます。
労働基本法には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されています。いわゆる安全配慮義務です。
ここでいう「労働者」には、正規職員だけではなく、請負で働くような方も使用者の指揮監督命令下にあり使用者から報酬を受け取っていれば含まれます。
このような安全配慮義務が介護事業を営む社会福祉法人や株式会社には課せられているので、使用者は労働者が安心・安全に働くことができるよう努めなければいけません。
労働者が安心・安全に働くことができるようにするため、労働トラブルリスクと利用者や家族からのカスタマーハラスメント(「カスハラ」と略すこともあります)については経営者としては準備をしておいた方がいいでしょう。
特に、介護業界においては、直接的な対人サービスが多く、利用者宅への単身の訪問や利用者の身体への接触も多いです。
また、利用者自身だけではなく利用者の家族との関係性もあるので配慮が必要です。
そして、利用者本人の認知機能や身体機能に問題があるので、そのサービス自体が利用者の生活に直接関係するサービスであり安易に中止できないこともあります。
これらのことから、介護事業におけるカスタマーハラスメントについては、事業所の職員による非常に対応が難しいです。特に特別養護老人ホームなどの施設サービスの場合は、現実的に施設からすぐに退去してもらう、と言うことが非常に困難です。
このような状況から、介護事業におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)は、職員が我慢していることも多く、被害に遭ってきたのです。
以下、詳しく説明をしていきます。

1 介護施設におけるカスタマーハラスメントの種類(厚労省の分類によります)

(1)身体的暴力

身体的暴力とは、身体的な力を使って危害を及ぼす行為をいいます。刑法の暴行罪にあたりうる行為です。
具体的には、
・物を投げつける
・蹴る
・唾を吐く etc

(2)精神的暴力

精神的暴力とは、個人の尊厳や人格を言葉や態度によって傷つけたり、おとしめたりする行為です。刑法の脅迫罪、名誉棄損罪、侮辱罪にあたりうる行為の他、ひどい暴言や個の侵害を含みます。
具体的には、
・大声を発する
・怒鳴る
・特定の職員にいやがらせをする
・「この程度できて当然」と理不尽なサービスを要求する etc

(3)セクシュアルハラスメント

セクハラとは、意に添わない性的誘いかけ、好意的態度の要求等、性的ないやがらせ行為をいいます。
具体的には、
・必要もなく手や腕を触る
・抱きしめる
・入浴介助中
・あからさまに性的な話をする etc

2 介護施設におけるカスタマーハラスメントの対策

厚生労働省が令和2年6月1日に出した「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)においても、事業主は、顧客等からの著しい迷惑行為(本稿でいうところのカスタマーハラスメント)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮をすることが求められています。

(1)カスタマーハラスメント相談窓口の設定

カスタマーハラスメントは、最初に発生した段階で対応をしないと利用者としても「大丈夫なんだ」と思いエスカレートする可能性も否定できません。
そこで職員が安心して相談できる体制を整えておく必要があります。
厚労省によれば、
・相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、これを労働者に周知すること。
・相談を受けた者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。
以上の2点の取組みが重要であると指摘されています。
このように事業所内で担当の窓口を設けるのもいいですが、外部の専門窓口を設けることも重要です。もちろん、弁護士法人サリュが職員の方の相談を直接伺うこともできます。
当然ながら、カスタマーハラスメントの相談をしたことによって、当該職員が事業所における解雇などの不利益を被ることがないように十分配慮することが必要です。

(2)カスタマーハラスメント対策マニュアルの作成

厚労省のHPにある管理者向けの手引きにおいては、以下の点が指摘されています。
•カスタマーハラスメント対応・対策のための環境を整えるため、カスタマーハラスメントの予防(発生を防ぐ)と、施設・事業所内の役割の明確化(管理者は何をすべきか、報告・相談のフロー等)の視点を持ってマニュアルを作成すること
•施設・事業所内の意見交換を行う等して、職員の意見を取り入れつつ、作成すること
•カスタマーハラスメントの予防にあたり利用者や家族等の理解を求めておきたい事項を整理・作成すること
•カスタマーハラスメントが発生した際の初期対応について検討、整理して、マニュアルに記載すること
これらの点について、弁護士法人サリュが施設側と協力してマニュアルを作成していくことが可能です。

(3)カスタマーハラスメント対策として利用者との契約時の説明の重要性

利用者と契約を交わす際に、契約書の内容を整える必要があります。
録音、録画などもする可能性があるのであれば、そのような場合もあると契約書に明記しておくことも重要です。
ただ、民事の裁判で無断録音、録画の証拠能力が否定される可能性は低いので、難しいようであれば明記しなくてもいいでしょう。
このようなまた、重要事項について締結時に説明することで職員がカスタマーハラスメントの被害に遭うリスクを低減させることができます。
弁護士法人サリュにご依頼いただければ、契約書のチェックや研修についても可能です。

(4)職員に対するカスタマーハラスメント研修

ア カスタマーハラスメントの理解
利用者等の行為のうち、どのようなものがカスタマーハラスメントにあたるのかについて、研修で職員に理解させておくことは、職員が実際にカスタマーハラスメントにあった際に自分ひとりで問題を抱え込むことを防止することにもつながります。
イ 報告体制の確認
いざ、カスタマーハラスメントと考えられる件が生じた場合に、対応している職員から管理者に対する報告の方法などが徹底できていなければ、職員としてはいざというときに迷いが生じ、対応が遅れる可能性があります。
事前に、カスタマーハラスメントが起きた際には誰に、どのように報告すべきかについて、徹底して周知しておく必要があります。
ウ サービスレベルの向上
カスタマーハラスメントの原因が、利用者等の施設のサービスへの不満にあるということは十分に考えられます。
当然ながら、カスタマーハラスメント自体が許される行為ではありませんので、きっかけがそうであったとしても、職員を責めるべきではありません。
ただ、不用意にきっかけを生じさせないために、例えばマナーへの意識などについて研修により高めておくのは重要です。

3 カスタマーハラスメント対応について

(1)電話による対応の場合

電話の対応については、職員としても利用者等の表情が見えづらいので、対応が難しいこともあります。また、利用者等からしても、職員と対面していないからこそ強気に出ることもあります。
介護事業に限った話ではありませんが、カスタマーハラスメントの疑いがある利用者等の電話番号については、登録しておいて事業所内でカスタマーハラスメントが起きる可能性、利用者等の名前なども周知しておいて、実際に電話があった場合に職員が覚悟できる状況を準備しておくことが重要になります。
実際に当該利用者等から電話がかかってきた場合に、自動録音機能がない場合には、忘れずに録音をすることを周知しておきましょう。
また、カスタマーハラスメントをする利用者等との電話対応については、特定の職員が行うことにするのも、事業所の対応としては有効といえます。
というのも、まず事情が詳しくない職員や対応に慣れていない職員が漫然とカスタマーハラスメントをする利用者等の話を聞いて問い詰められたりした場合に、事業所に非がないにもかかわらず事実を認めたり謝罪をしたりしてしまうこともありえます。そのようなことがあると、カスタマーハラスメントを行う利用者等も味を占めて、勢いづいてしまうことがあります。
また、担当者を決めておくことにより、担当者以外の職員の日常業務への多大なる支障を避けることにも繋がります。

(2)メールなどの書面での対応の場合

カスタマーハラスメントの疑いのある利用者等とのやりとりに限らず、利用者等とメールなどでやりとりをする場合には、上司などのメールアドレスをCCに入れてやりとりを共有しておくことが重要です。
また、カスタマーハラスメントの記録を残すという意味では、メールなどは非常に有効ですが、一方で事業者側としても内容を慎重に検討した上で送信しないと利用者等にも記録が残ってしまうので、細心の注意を払う必要があります。

4 職員がカスタマーハラスメントを受けたあとの対策

(1)職員のケア

まず対応すべきなのは当該職員のケアです。
利用者から身体的な暴力を受けたのであれば、病院で治療を受けさせる必要があります。また、カスタマーハラスメントに対し恐怖を感じているような状況であれば、担当の職員を変更することも必要です。
厚労省も事案の内容や状況に応じ、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組を行うことが重要であると指摘しています。
複数職員の交代制で対応させることもカスタマーハラスメントのターゲットを絞らせないことにつながるでしょう。

(2)職員からの事実確認

カスタマーハラスメントが発生した場合、事後の対応を適切に行うために正確な事実の確認が必要になってきます。
事前に決めておいた方法により担当の職員本人からカスタマーハラスメントの事実について詳細に聴取することが必要になります。
ただ、例えばセクハラのように詳細な聴取が当該職員の二次被害となることも考えられます。まずは職員への寄り添う姿勢が大事でしょう。
他方で、録画があるようなケースでは、データを確実に保存しておくことも重要です。データの保管期間が短い場合もあるので、早期の保全が重要になります。
チャットやLINEなどで利用者等からカスタマーハラスメントを受けたようなケースについては、利用者側でメッセージを削除される可能性があるので、画面を保存しておく必要があります。
また、職員が身体的暴力を受けたようなケースでは、医師の診断書をもらっておくことも重要です。痣や傷などが残っている場合には、負傷箇所の写真を撮影しておきましょう。

(3)弁護士への相談

ア 顧問弁護士に相談できる体制の構築
カスタマーハラスメントの疑いが生じた場合に、初動を誤ると事態が悪化することがあります。あらかじめ専門家である弁護士を顧問としておき、いざというときの対応にスムーズに対応することは非常に有効です。
顧問弁護士と事業所の状況などについて密接に連絡をしておくことで、顧問弁護士側も事業所の理解ができて、アドバイスもしやすくなります。
弁護士法人サリュを顧問弁護士とした場合には、経営者層の方たちだけではなく、職員からもダイレクトに相談ができるようにしておくことをお勧めしています。
上司に相談をもっていく際にも、弁護士事務所からアドバイスを受けた内容などをもとに相談する方がスムーズに決定することに繋がるからです。
そのような体制を構築しておくことで、利用者等に対する迅速な対応が可能になります。
イ 利用者等への窓口
実際に問題が生じているようなケースで、職員で対応していてもカスタマーハラスメントが収まらない場合には、弁護士に利用者等との窓口対応を依頼し、カスタマーハラスメントを行った利用者等との対応を任せるということは介護施設の経営者や職員にとっても非常に大事になってきます。
介護施設ですので、カスタマーハラスメントを行った利用者等と施設側が完全には関わりがなくならないこともありますが、弁護士が窓口になることにより、カスタマーハラスメントを行う利用者等との接触機会を大きく減らすことはでき、事業所としても通常の業務に時間を割くことが可能になります。
ウ 告訴等
カスタマーハラスメントの態様次第では、告訴をすることも視野に入れる必要があります。
前述したような脅迫罪、名誉棄損罪、侮辱罪にあたる行為のほか、暴行罪、傷害罪、強要罪など刑法に規定する犯罪行為が行われる可能性は十分にあります。
また、名誉棄損行為等がインターネット上で行われる場合、速やかに削除手続きを行うことも視野に入れます。裁判を行うために弁護士への依頼が必須となることもあります。
普段から施設の事情について理解している顧問弁護士がいると迅速な対応が可能です。

5 さいごに

介護施設におけるカスタマーハラスメントは、経営者や職員にとって非常に悩ましい問題です。
カスタマーハラスメントに適切に対応するために、専門家である弁護士に相談できる体制を構築しておくことはとても大切です。
従業員1人雇用するよりも遥かに安い金額で施設における法律問題について相談できる顧問弁護士と契約することは可能です。
問題が起きる前に是非ご相談ください。