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労務・人事
2024.12.11

残業代を請求されたときの適切な対応方法と注意点

はじめに

ある日、従業員から「残業代を請求したい」と言われた場合、経営者や人事担当者はどのように対応するべきでしょうか。この問題は、経営者ならできれば避けて通りたい話題かもしれません。
しかし、適切な対応をせずに放置すると、労働基準法違反として労働基準監督署による指導や訴訟リスクに発展し、企業の信頼を大きく損なう可能性があります。一方で、誠実に対応し状況を正しく把握することで、トラブルを円満に解決する道もあります。

本記事では、残業代請求に直面した際に取るべき正確なプロセスを解説するとともに、事前の予防策や働き方改革を進めるための具体的な方法を提案します。従業員の信頼を維持しながら、法律を遵守した労働環境を目指すための知識を一緒に学んでいきましょう。

この記事の監修者
弁護士 山田 洋斗

弁護士法人サリュ千葉事務所所長弁護士
千葉県弁護士会所属


目次

  1. 残業代を請求される背景と法的根拠
  2. 残業代を請求されたときの初期対応
  3. 労働時間の把握と記録の重要性
  4. 残業代計算の基本と注意点
  5. 残業代を請求された際のリスクと損害
  6. 労働基準監督署からの指導と対応策
  7. 残業代請求をされた場合に弁護士への相談が必要な場合
  8. まとめ:残業代を請求されても、適切な対応で信頼関係を築き、会社の成長につなげましょう

1. 残業代を請求される背景と法的根拠

そもそも、従業員から残業代請求をされてしまう背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
残業代を請求される背景には、労働者の労働条件や企業の労務管理における問題が潜在している場合があります。この章では、残業代請求の法的根拠や、よく見られるトラブル例を解説します。

どのような場合に残業代の支払い義務が生じるか

昔から、従業員は使用者との関係において劣位におかれることが多く、精神論を根拠に無理な残業を強いられることが常態化していました。そこで、日本の労働基準法は、労働者の権利を守るために以下のような規制を明確に定めています。

  • 法定労働時間: 1日8時間、週40時間を超える労働については「時間外労働」とされ、25%以上の割増賃金を支払う必要があります(労働基準法第37条1項)。
  • 深夜労働: 午後10時から午前5時までの労働も、割増率25%が適用されます。法定労働時間を超えている深夜労働の場合は、合計50%の割増率が適用されることになります(同条4項)。
  • 休日労働: 法定休日(通常は週1回)に働いた場合、割増率35%が適用されます。

よくある残業代未払いのケース

以下は、残業代を請求される原因となる典型的な場面です。

  1. みなし残業制度の誤用
    固定残業代として一定額を支払っている場合でも、実際の残業時間がそれを超えると「追加支払い」が必要になります。また、基本給と固定残業代が明確に区別されていなかったり、固定残業代の計算根拠が不明確な場合など、固定残業代に具体性や透明性が欠けている場合、裁判所で無効とされることがあります。
  2. 労働時間の記録不備
    タイムカードや勤怠管理システムが不適切、あるいは記録が改ざんされていると、労働者側が証拠を提示した場合に争いになります。
  3. サービス残業の存在
    労働者が残業申請を遠慮したり上司の直接指示がなくても、労働者の業務量が多く、事実上残業をせざるを得ない状況となっている場合には、実際に必要な業務を行えば残業代が発生します。残業申請がなされていないことを理由に未払いとするのは違法となる場合があります。
  4. 管理監督者とした場合
    法律上の管理監督者(労働基準法41条2号)に該当すれば、使用者は残業代の支払い義務を免れます。しかし、この管理監督者に該当するための要件は大変厳しく、会社において独自にある役職を管理監督者として位置付けている場合でも、法律上の管理監督者には該当しないケースは多いです。その場合、多額の未払い残業代の支払い義務を負う場合があります。

2. 残業代を請求されたときの初期対応

従業員から突然の残業代請求を受けた場合、感情的に対応せず、冷静に対処することが求められます。この初動の対応次第で、その後の展開が大きく変わる可能性があります。

従業員とのコミュニケーション

  • 話し合いの場を設ける
    まずは、従業員の主張を真剣に聞くことが大切です。なぜ残業代を請求するに至ったのか、その背景を知ることでトラブルの本質が見えてきます。
  • 感情的な対応を避ける
    怒りや否定的な態度を示すと、従業員との関係がさらに悪化します。冷静で丁寧な対応を心がけましょう。

このとき、請求された金額の妥当性がわからないまま、安易に支払いを約束することは絶対にしないようにしましょう。労働者側の請求内容に少しでもおかしな点があれば、まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。

事実関係の確認

  1. 労働時間記録の確認
    タイムカードや勤怠管理システムのデータ、日報などの記録を徹底的に確認します。そのうえで、労働者が請求の前提にしている労働時間が合理的根拠に基づいているかを確認しましょう。
  2. 雇用契約書と就業規則を精査
    契約内容が法令に準拠しているかどうかを再確認します。また、就業規則や残業許可の運用が適正だったかも検証しましょう。
    例えば、雇用契約書上、固定残業代が具体的かつ明確に記載されている場合は、固定残業代分は支払い済みの残業代として扱えますし、残業代計算の前提となる基礎賃金の設定に誤りがあれば、金額もかなり変わってきます。

3. 労働時間の把握と記録の重要性

正しい労働時間の管理は、未払い問題を未然に防ぐ基本的なステップです。労働時間の記録に抜けがあったり、不透明な部分があると、法的トラブルの種となります。
例えば、使用者が終業時刻以後のタイムカードの打刻を禁止することで、残業代の請求を防止しようとすることがありますが、そのような対応をすると労働者の反感を買い、労働者自信が自衛のために労働時間を記録して、予想以上の残業代請求をされるということは、しばしば起こります。

労働時間管理のポイント

  • リアルタイムの勤怠管理ツールを導入
    スマートフォンやPCから打刻できる勤怠管理システムの導入により、労働時間を正確に把握できます。
    これらのシステムは、編集ができないものにしておくといいでしょう。
  • 在宅勤務や外回りの労働時間も記録する
    テレワークや外勤が増加する中、従業員がどこで働いても労働時間を疎かにしない仕組みが必要です。

記録保存の義務

労働基準法では、労働時間の記録を最低5年間保存することが求められています(労働基準法第109条)。記録の欠如は、トラブル時の防御策がなくなることを意味しますので、不当な残業代請求を防ぐためにも、しっかりと記録を保存しましょう。


4. 残業代計算の基本と注意点

残業代を正確に計算するためには、使用者側においても、基準となる賃金や割増率を正しく理解しておく必要があります。

残業代の計算方法

残業代の計算は、簡潔に説明すると、①基礎賃金×②残業時間×③割増率で算出します。
そのうえで、すでに支払っている残業代(固定残業代が有効に適用される場合は、当該固定残業代を含む)を控除して未払い残業代を算出します。

  1. 基礎賃金の算出
    残業代計算のベースとなる賃金は、基本給に一部の手当を加えた金額です。通勤手当や家族手当など一部の手当は基礎賃金に含まれません(労働基準法施行規則21条参照)。
  2. 残業時間の算出
    残業時間は、基本的に、始業時刻、終業時刻、休憩時間が記載されたタイムカードにより算出することになります。
    タイムカードが正確に打刻されていない場合には、労働者がどれくらい稼働したのかが不明確になり、トラブルになります。
  3. 割増賃金の適用
    割増率は、法律上は以下のとおりです。これらの割増率を下回る雇用契約を締結しても、無効となりますので注意しましょう。
    • 時間外労働(25%以上の割増)。
    • 深夜労働(深夜割増25%)。
    • 休日労働(休日割増35%以上)。

注意点

  • 固定残業代の問題点
    固定残業代が適用される場合でも、実際の残業時間が規定時間を超えていれば、追加支払いが必要です。
  • 非正規労働者やパートタイマーの権利
    正社員だけでなく、パートタイムや派遣社員にも残業代は発生します。

5. 残業代を請求された際のリスクと損害

残業代の未払いは、長引くと企業に大きな影響を及ぼすことになります。

法的リスク

  • 遅延損害金、付加金の発生
    労働基準法違反として、未払い賃金に加えて遅延損害金が課せられる場合があります。
    それだけでなく、支払い拒絶の態様が悪質な場合、制裁として未払い残業代と同額の付加金(労働基準法114条)の支払い義務が発生する場合もあります。
  • 労働基準監督署の調査・是正勧告
    労働基準監督者は、その裁量により会社に対して残業代の支払い状況について調査、是正勧告を出すことができます。悪質な場合には、会社名を公表することもあります。

事実上のリスク

  • 採用が困難になる
    近年、SNSの普及により、会社内部の事情が表面化することも少なくありません。使用者と労働者が残業代に関してトラブルになることで、ブラック企業の噂がたち、会社が採用難に陥る可能性があります。

6. 労働基準監督署からの指導と対応策

企業が労働基準法を適切に遵守しているかどうかを確認するために、労働基準監督署から調査を受けることがあります。この調査は、従業員からの申告や通報がきっかけで実施される場合が多く、違反が見つかった場合には企業に対して改善の指導が行われます。この指導に適切に対応することで、労務管理上のリスクを回避し、職場環境の健全化を図ることが可能です。


指導の流れ

以下は、一般的な労働基準監督署の指導の流れについての詳細です。

  1. 調査の通知
    労働基準監督署の調査は、事前に調査通知が届く場合が多いです。監督署から正式な文書が企業に送付され、調査の日程や必要書類、調査内容が記載されています。通常、この通知には期限が設定されており、迅速な準備が求められます。ただし、場合によっては事前通知なしで抜き打ち調査が行われることもあります。
  2. 書類の提出
    実地調査の際には、労働基準監督官が労務管理に関する書類を確認します。具体的には、以下のような書類の提出を求められる場合があります:
    1. 従業員の勤怠記録(タイムカード、シフト表など)
    2. 賃金台帳(給与明細や賃金計算の書類)
    3. 就業規則および労働契約書
    4. 安全衛生管理に関する記録
      提出された書類を基に、労働基準法や関連する法律に適合しているかどうかを確認します。また、必要に応じて従業員への聞き取りが実施される場合もあります。
  3. 是正勧告
    調査の結果、違反が認められた場合には「是正勧告」が行われます。是正勧告とは、企業が法律違反部分を速やかに改善するよう促す指導文書です。具体的な指摘事項と、その改善方法が示されるため、企業はこれに基づいて適切な対応を行う必要があります。
    主な違反内容としては、長時間労働・未払い残業・各種手当の未払い・有給休暇管理の不備などがあります。 なお、違反内容が重大な場合には、罰則が科される可能性もあるため注意が必要です。

適切な対応策

労働基準監督署からの指導に対しては迅速かつ誠実な対応が求められます。以下は、具体的な対応策です。

  1. 速やかな是正措置
    是正勧告で指摘された事項について、すぐに改善措置を講じる必要があります。例えば、未払い残業代が指摘された場合には、速やかに計算を行い、正確な金額を支払いましょう。また、労働時間超過が問題となった場合には、シフトの見直しや労働時間の調整を行うことで是正を図ります。
    もし、指摘内容に対する具体的な対処方法が分からない場合は、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
  2. 再発防止策の実施
    是正措置に加えて、同様の問題が再発しないよう、根本的な原因を見直し、管理体制を強化します。
    例えば、
    • 労働時間管理の仕組みの見直し
      法定労働時間を遵守するために、適切な勤怠管理システムを導入する、あるいは手動管理をデジタル化する方法があります。また、上司による残業申請の管理体制を強化し、必要に応じて社員を増員することも検討します。
    • 従業員とのコミュニケーション強化
      従業員が適切に休暇を取得できるよう、休暇取得を推奨する取り組みや、労働問題に関する社内研修を実施します。これにより、従業員からの内部通報の未然防止や労働環境の改善につながります。
  3. 内部監査の実施
    労働基準法や関連法令の遵守状況を定期的に確認するために、内部監査を実施することが効果的です。監査項目には、労働時間の記録方法、賃金計算の正確性、残業手続きの適正性などが含まれます。専門知識を持つ第三者機関に依頼することで、より客観的な監査結果を得ることも可能です。
  4. コンプライアンス教育の徹底
    全従業員、特に管理職に対して労働法や労務管理に関する教育を徹底します。これにより、法律違反への無意識な加担を防ぎ、会社全体として法令順守を徹底する文化を醸成することができます。

速やかに是正に応じることはもちろんですが、上記の対応の中でもっとも重要なのが、コンプライアンス教育の徹底だと思われます。
これは、多くの労基法違反の原因は、経営者や労務管理にあたる管理職の「労基法遵守の意識の乏しさ」であるからです。

7.残業代を請求をされた場合に弁護士への相談が必要な場合


残業代を請求された場合、対応を誤ると企業として法的責任を問われる重大なリスクにつながる可能性があります。そのため、ケースによっては弁護士への相談が必要不可欠です。以下に、弁護士に相談すべき具体的なケースをいくつか挙げます。


1. 請求金額が多額である場合

従業員が請求している未払い残業代が高額な場合、弁護士に相談することで対応の方針を明確にするべきです。特に、複数年にわたる未払い残業代や、複数の従業員から同時に請求を受けた場合は、金銭的リスクが非常に大きいため、専門的な助言が必要です。

特に、高額な残業代が請求されている場合、その計算根拠の確認は重要です。労働者側に弁護士が介入している場合であっても、請求根拠が曖昧な場合や、前提としている事実関係に誤りがある場合もあるため、慎重に確認することが重要です。

また、法律では未払い賃金の時効は3年(ただし、以前は2年)とされていますが、時効の起算点がいつになるのかは、専門的判断が必要となる場合もあります。この点からも、弁護士に相談する必要があります。


2. 法的手続きが進んでいる場合

従業員から労働基準監督署への相談や、労基署から是正勧告を受けている場合、あるいは従業員が裁判または労働審判を起こした場合には、弁護士の助言が不可欠です。

上記のような法的手続きが進んでいる場合は、専門的な知識と適切な法的対応が要求されます。たとえば、裁判や労働審判の過程で適切に主張や反論をしなければ、高額な支払い命令を受けるリスクがあります。


3. 未払いか否かを巡って争いがある場合

従業員が主張する労働時間に対し、会社が把握している労働時間と相違がある場合は、弁護士の助けを借りた方が良いでしょう。たとえば、以下のようなケースです:

  1. 従業員が残業代計算の根拠とするタイムカードや勤怠記録の信ぴょう性について争いがある場合
  2. 会社が把握していない時間帯について、従業員が労働時間であると主張する場合(事前準備、後片付け、社内研修、イベント参加など)
  3. 労働基準法の管理監督者(労働基準法41条2号)に該当するかどうかを巡って意見が対立している場合(労働基準法上のいわゆる管理監督者に該当すれば、一部の割増賃金を支払う義務がない場合があるため、その適用範囲が争点となります)。

4. 計算方法が複雑で正確な金額が不明な場合

未払い残業代の計算には、基本給や手当の扱い、深夜・休日労働の割増率の適用など、複雑で分かりにくい部分があります。従業員が示してきた金額が適正かどうかを確認するためには、法的知識が必要です。

たとえば、固定残業代として会社が一定額を支払っている場合、その計算方法が法的に適正かどうか、固定残業代制が法的に有効かどうかの判断が必要になります。

また、深夜残業(22時以降の勤務)や休日出勤に対する割増率が適切に反映されているかの判断も重要です。


5. 複数の従業員から同様の請求を受けている場合

複数の従業員から同様の未払い残業代請求を受けた場合、対応を誤ると大きな問題に発展する可能性があります。このような場合、従業員間で情報が共有されることで対応ミスが広がり、芋づる式に残業代の支払い義務が発生し、集団訴訟などに発展するリスクもあります。

また、他の従業員からの追加請求や訴訟が立て続けに発生する可能性がある場合、今後の対応方針や法的リスクを弁護士と相談しながら慎重に進める必要があります。


6. 労働基準法の解釈が複雑な場合

従業員の残業代請求の中には、労働基準法やその判例の解釈が関係する複雑な問題もあります。例えば、以下のようなケースです。

・みなし労働時間制(裁量労働制や事業場外労働)を適用しているが、その適用が正当かどうかが争点となっている場合
・変形労働時間制やフレックスタイム制を導入している場合に、制度が適切に運用されておらず違法性を問われるケース
・労働基準法上のいわゆる管理監督者に該当するかどうかについて争点になっているケース


7. 交渉が難航している場合

従業員との交渉が感情的にもつれたり、請求金額や条件について話し合いが平行線をたどる場合には、第三者として弁護士を介入させることで、冷静で法的に適切な交渉が可能になります。

感情論やトラブルのエスカレートを防ぐためにも、弁護士に代理人として入ってもらうことが有効です。


8. 会社のイメージや評判に影響が出そうな場合

残業代請求が公にされたり、SNSやメディアに取り上げられる可能性がある場合、企業のイメージや評判に大きなダメージを受けることがあります。このようなリスクに直面した場合、弁護士に相談して対外的な発表内容や対応方針について助言を受けることが重要です。

特に、大企業や知名度のある会社の場合、迅速かつ慎重な対応が必要です。
場合によっては、SNSでの投稿に対して、発信者情報開示のうえ、削除要請や損害賠償請求にも対応する必要がある場合もあります。


9. 社内の労務管理体制自体に問題がある場合

残業代を請求されたことを機に労務管理体制を見直す必要がある場合にも、労働法に詳しい弁護士に相談することが有益です。弁護士は、企業の現状を分析し、再発防止策の提案をすることができます。


このように、弁護士に相談すべきタイミングは、請求内容や状況の複雑さ、法的リスクの高さによって判断されます。残業代に関するトラブルは、迅速かつ正確な対応が求められるため、問題の重大性に応じて早期に弁護士に相談することを検討しましょう。そうすることで、トラブルの長期化や大きな金銭的ダメージを防ぎ、労務管理体制を見直す良い機会とすることが可能です。

まとめ:残業代を請求されても、適切な対応で信頼関係を築き、会社の成長につなげましょう

残業代請求は企業にとって課題ですが、従業員の声を適切に受け止めれば、職場環境を改善し組織全体の成長につなげるきっかけに変えられます。法律を遵守し、働きやすい職場を目指しましょう。