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自給自足に近い貧乏生活を耐え忍んで

 私はロースクールに入学するお金もなかったので、予備校に通いながら旧司法試験を受けていました。生活費を切り詰めながら、勉強していました。
 食費を浮かすためにネギを自分で栽培したり、カレーを半年間食べ続けたこともあります。夏場は一日に3回も4回も鍋に火を入れないといけないから大変なんです。

夢を諦めて、「もぬけの殻」だった学生時代

 大学は関西学院大学の法学部です。中学、高校までは色んなことに一生懸命だったんですが、大学進学するとき、本当はなりたかった考古学者を断念したんです。
 大学でやりたいことがあるわけでもなく、自分という人間がもぬけの殻(「抜け殻」と言った方が正確かもしれませんが、あえてこの表現にさせていただきます。)状態でした。授業には出ず、アルバイトに行って、終わったら朝まで遊んで……という典型的なダメ大学生です。
 寿司屋や焼き肉屋、ピザ屋、中華料理店などのアルバイトにばかり精を出していました。神戸のわりと有名な中華料理店で働いていたときは、アルバイトにもかかわらず、お客さんの前で北京ダックの皮を剥いでいました。
 ピザの皮も作れますから、もし弁護士を廃業したら、ピザ屋に挑戦してみようか、とも思っています。

情熱が持てない仕事を
「このままズルズルとやっていくのか」

 周囲に流されて就職活動を始め、最初に内定が出た食品会社で2年弱ほど営業マンをしていました。ルートセールスだったんですが、担当の会社は中小企業がほとんど。月々の支払いが不能になるところも多かったです。催促に行っても、なかなか払ってくれないので「払ってもらえるまで帰れないです」と頼み込んだこともありましたね。債権回収の大変さを知りました。会社の営業成績は決して悪くはなかったんですが「このままズルズルとやっていくのかな」と漠然と思っていました。

心機一転、旧司法試験を受験し、4回目の試験に合格

 そんなとき、書店で「司法試験を受けよう!」というようなタイトルの本をたまたま見つけました。その本の内容がわりと説得力があったんです。
 考古学を諦めてからもぬけの殻でしたが、昔からひとつのことに熱中するタイプではあったので、旧司法試験の勉強を始めました。25歳でした。受験生活は経済的にも精神的にも厳しかったですが、なんとか4回目の受験で合格できました。

証人を探して離島にまで行った
「医療過誤訴訟」

 平成21年にサリュに入社し、ずっと大阪事務所に所属しています。一番印象に残っているのは、医療過誤訴訟。相談者の方は高齢男性で、脊柱管狭窄症という、脊髄が圧迫されることで、歩行困難になってしまう症状でした。
 症状緩和のため、その男性は手術を受けることにしたのですが、執刀医が手術の際にメスを脊髄に入れてしまったことで、髄液が漏れ出し、人工肛門を装着しなければならないほどの事態になっていました。本件は医師の行為にミスがあったかどうか、つまり過失責任を問えるかが争点でした。
 医学文献を読んだり、別のお医者さんなどにも相談に行きました。その手術に立ち会っていた看護師がキーパーソンだったので、現住所も不確かなまま、その人が住んでいるらしいという情報だけで、離島にも行きました。
 見つけ出して会うことはできましたが、詳しい話は聞けませんでした。結果、一審では棄却され、控訴審で和解が成立しましたが、実質的には負け戦。手を尽くしたからか、依頼者の方に納得していただけたのが救いでしたが、いまもふと思い出す事件です。

個人主義だった自分が、
仲間と仕事をするやりがいにはまる

 本来、私は人と何かをやるよりは、個人で何かをするほうが好きなタイプ。でも、サリュに入って、弁護士はもちろん、スタッフと一緒に仕事をしていくことのやりがいにはまりました。いまでは個人で何かをして成功しようとはまったく思わなくなったほどです。
 サリュは覚悟を持って働いている人間が多いと思います。そんな事務所のなかで、自分も頼りにされる存在でありたいと思っています。

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